しばらくヤシガニ捕りに夢中だった私たちであったが、内地の仕事で消化していないステージがあったので静岡に行くことになった。最終便で東京に入る。飛行機が飛び立ち我が家の上空に差しかかった。松キヨがしきりに私をつつく。「おい。お母さん。あの車見てみろ。あれは、ヤシガニを捕っているんだぞ。困るなあ、うちのヤシガニを無断で取りに来ちゃあ、ヤシガニがなくなっちゃう。どうする?」「本当だ。捕られちゃうね。」
飛行機の機内で大笑いをしながら真っ暗な道をゆっくり走る車を見ながら何度も同じ言葉を繰り返した。
久しぶりに来た都会の夜は華やかでまぶしかった。車も人も早い。
飛行場に降りたとたん「宮古島に帰る。帰りたい。もう、いやだー。」夫が困らせた。まるで子供のように・・・。
「まだ、着いたばかりなのに何を言っているの?」娘たちと合流して遅い夕食にした。
お互いに近況報告をして、みんなでホテルに向かった。やっぱり、都会のホテルはきれいで広くて素敵だった。翌日、二人で買い物をして新幹線で静岡に入った。
ディナーショーの準備、小泉ちゃんのデビューパーティ、松本清美ショーのゲストと、忙しく毎日を過ごし、残りの仕事をするために沖縄本島に向かう。素敵なホテルでのショータイムも終わりやっと宮古島に帰れる。その間に我が家に8人も来ていたらしい。あの、不法侵入事件だ。(あんたらが居ないから勝手に入らせてもらったよ。)
宮古島に帰るとまたすぐに選挙の忙しさに突入。
選挙カー、選挙演説、ウグイス嬢。何もかもが新生宮古島市の市民にとって、いや上野村の住民にとって初めての体験になった。
私は何処に行っても選挙活動から離れられないみたいだ。ウグイス嬢のアナウンスのマニュアル作りをすることになった。
朝日・東平安名崎 |
発声練習からアナウンスの練習を一手に引き受けた。でも、ウグイス嬢に選ばれた5名の女性は、ずば抜けて利口な女性たちのようだった。一度指導すればすぐに飲み込める。練習も少しすればすぐに上手くなった。こつをつかむのも早い。
私の役目は思ったより早く済みそうだった。
そんな時、みんなで飲む機会があった。
「お前たち、ヤシガニを毎日捕りに行ってるんだろう?みんな捕るなよ。小さいのまで捕るなよ。」と言われた。
また、違う人には「松ちゃん、いい土地見つかったか?」
「いや、まだ見つからないよ。」「俺は、あんたらには絶対土地は紹介しないからな。」と、オトーリ
(一人づつ挨拶をし、順番にお酌をしながら飲んで回ること)で回ってきた時に
他の人に聞こえないように意地悪な言葉を言う人もいた。何のためにこんな言葉を言うんだろう?わざわざ言うことないのに・・・。と、思うと「昨日、海にいただろう?」とか「海に居たって聞いたよ。」とか、
「この前はあそこに車がとめてあったけど何の用事で行ったのか?」色々言われた。
ちょっと怖いと思ったのは「私たちは見張られているのかも・・・。」と言う事だった。
近くの何人かが我が家を尋ねてくるようになっていた。
中にはとてもいい人もいる。優しく親切で本当に素敵な住人たちもいる。わたし達の事を心配していろいろ教えてくれる人たち。
私は夫の楽しそうな顔を見るのがうれしかった。出来る限りのおもてなしをしたいと思っていた。
みんなでカラオケを歌ったりお話したりいつも夜中まで我が家はにぎやかだった。
お酒の好きな夫は楽しそうだったけれど、お酒を飲めない私は接待続きで毎日疲れていた。
そしてその頃、少し、心の中に風が吹いたように感じた。だんだん人と会うのが怖くなってきた。
そして誰と話すのも嫌になった。ついに家の中にこもる様になった。
夜は暗くなると家中の電気を消し、寝室の電気だけにした。カーテンを引き明かりが外に漏れないようにした。
家の中が明るいと誰かが来る。好きな人が来るのはいいのだけれど私達だって苦手な人がいる。誰でもいいから皆おいで!と言う訳にはいかない。
決定的だったのは本当に一度も見たことのない人が来た時だった。(この頃になると選挙の関係で結構いろんな人の顔も覚えてきた)
ドン、ドン、ドン。玄関を叩く音がする。「誰だ?こんな時間に?」「エー?また、誰か来たの?もう、ヤダ!お父さん出てよ。」
「はーい。今行きまーす。」玄関を開けると同時だった。「酒」・・・「ハア?」・・・「酒!」・・・「酒はないのでビールでいいですか?」完全に酔っ払っているみたいだ。ヨレヨレになっている。ふらつく足で台所まで入ってきた。「居間へ行きましょう。」
「ここでいい。」「今日は荷物が散らかっていますからあちらへどうぞ。」「俺はこの家の持ち主と知り合いなんだ。」
「そうですか。」夫は話をあわせて居間に向かってその人を優しく誘導する。私は「ねえ、今から出かけるって言ってよ。何処でもいいから出て行く振りしようよ。」「うん。わかった。見計らって言うよ。少しだけ飲んでもらってから言ってみるよ」
「早く言ってね。もう、フラフラじゃん。どこかで飲んできて勢いで寄ったのかもしれないね。」「おう、そうだね。」
私はとりあえず、おつまみをいくつか作って持っていった。「この家は昔から何度も来た」「そうですか。」夫も一生懸命話をあわせ相槌をうつ。夫を呼ぶ。「誰?」「わからん。酔っ払っていて何を言っているのかわからん。」「何処の人だって?」「わからん。」
「わからないって?どういうこと?何で来たの?どうやって来たのかしらね?」「おーい。」
「ちょっとー、呼んでいるよ。早く行って。」「今、行きまーす。」時間を見計らって夫が言った。
「すいません。これから僕たちは行く所があるので、またゆっくり来て下さい。送って行きますから。」
「おう。そうか。じゃあ、また来るよ。」玄関まで送る。すると驚いたことに車に乗り込んだ。「おい。車に乗ったぞ。」
「だめだよ。止めて。止めて。歩くにも大変なのに車に乗ったらどっか突っ込んじゃう。」「私たちが送って行きますから。」そう言いながら彼を車に乗せた。「適当なところでいい。」と言って彼は本当に適当なところで降りた。どうやら自分の家の近くらしい。
アンダーギー作りの名人、なおみちゃん
一家(ちびっ子ミス宮古島) |
私達はしばらくそこに車を止め、彼が自宅らしい家に入るのを見届けて車を走らせた。上野を一周回って家に戻り、「ヤレヤレだね。」と、ほっと腰をおろし、お茶を飲んだ。次の日、庭で水を掛けていると向こうから軽トラックが走ってきた。「今日は予定があるの?」「はい、えー。そうです。行く所があって。ごめんなさい。」私はしどろもどろで答えた。「じゃあ、また来るよ。」昨日の人だった。それから彼は何度か我が家の前の道をトラックに乗り走って行った。時々「おーい。」と言って遠くから手を振る。
どうしたわけかあれから一度も我が家を訪ねて来ない。きっと、奥さんに何処へ行っていたのか聞かれ「松井さん」と答え、叱られたのかもしれない。上野の女性はとてもしっかりしているし利口な女性が多い。「迷惑を掛けてはいけません。」と叱られたに違いない。
と思った。