宮古島ドットコムの連載企画
「宮古島はちゃめちゃ移住計画」



vol.008 4月10日 「おばあって私のこと?うそでしょ?」


この頃になると、近所の人たちとも顔見知りになってきた。あの人は何処の家の人だとか、誰の奥さんとか・・・。役所の人間、農家の人、無職の人、ナイチャー・・・・(内地から越してきた人や内地に住んでいる人のこと)人が集まるところに行くと「○○兄さん」とか「○○姉さん」とか呼び合っている。みんな親戚なのかな?と思っていた。ある日、誰かがこう言った。「あの子は年上の私の主人に向かって名前で呼んでいる。○○兄さんと呼べば可愛いけれど、な・ま・い・きー!」

(そうか。年上の人には姉さん、兄さんって、つけて呼ぶんだ。気をつけなくっちゃ!)

翌日から近所の年上だと思える人と話す機会がある度に気をつけた。

「けいこ姉さん」「京子姉さん」などと呼んでみる。自分ではちょっと緊張して呼んだのに

向こうはトーゼン!という感じで聞き流している。はじめは気にしながらだったが最近では自然に呼べるようになった。

嬉しかったのは会長の奥さんが「良子姉さん!」って呼んでくれたことだ。なんだかやっとみんなの仲間に入れたような気がした。

(もう一度呼んで!)心の中で言った。

上野の女性は良く働く。実は私たちは大きな勘違いをしていた。夫が静岡で建設会社を経営していた時の事・・・沖縄県出身の人が雇って欲しいと言って来た。「私は良く働きますから会社は絶対に雇ってよかったと言ってくれるはずです。」そう言ったのに全然働かない。遅刻、無断欠勤、早退。「沖縄の人はあんまり働かない。」夫はいつもこぼしていた。

そして、引っ越してきてから早いうちに出会った人が無職だった。その人の友人も無職。そのまた友人も無職だった。

「暑いから、働かないのかねえ?それとも、宮古島は就職難かもね。」

私たちはいつも、こんな風にその人たちのことをはなしていた。でも、最近出会う人たちは違った。というか、我が家の近所の人たち、新里の人たちは違った。本当に働き者が多い。朝早くから夜遅くまで働いている。隣のこうちゃんは、昼間は役所に勤め、夕方は農業の傍ら牛も飼っている。庭仕事もうまい。子ども会の役員もしている。ほとんどの人たちが一人で3つ位の仕事をこなしている。女性も昼間は会社に勤め夕方から農業の手伝いをしている。みんな働き者だ。夫婦で遊んでいるのが罪に感じてきた。早く何かをしなくては・・・。

 そんなことを考えながら庭の花に水を掛けていた。その時「おばあ、おばあ。」誰かがしきりに「おばあ」と呼んでいる。

(誰かいるのかなあ?)誰もいない。そう思った直後、向こうからチョコチョコと歩き始めたばかりであろう小さな子供がこちらに向かってやってきた。その後から一人の女性が続いて歩いてきた。私と同じ位の年齢のように感じる。

「松井のおばあの家はお花がきれいだねえ。おばあがいたねえ。おばあ、こんにちわ。って言いなさい。」

「おばあの庭の花はきれいだねえ。」(はあ?おばあって私のこと?うそでしょ?)「こんにちは。今日はいい天気ですね。」と言いながら私は急いで水をまいていたホースを片付けた。「おばあ、遊びに来てねって、言いなさい。」優しく子供に言っている。

多分、孫だと思う。私は「ありがとうね。」そう、言うのがやっとだった。あまりのショックで他の言葉が見つからない。

「じゃあ、またねー。」と、家の中に入った。夫を捕まえて「ねえ、私のこと、おばあって言った。すごいショック!」

「おばあじゃん。」「なんで?」「どう見てもおばあじゃないか。」「同じくらいの人がお前を見てお姉さんって言うわけないじゃん。孫を連れてるんだからおばあって言うしかないだろ?」「えー!ショック!」私はもう、宮古島では「おばあ・・・。」

やっと、姉さんって呼んでもらえるようになったと思ったらいきなり「おばあ・・・。」

まあ・・・・いいか。

さて、同じ「おばあのカボチャ事件」がもう一つ。


マイビーチ

私たちはお店のオープンに備えて中国に石を買い付けに行った。帰ってくるとテラスにカボチャが5個置いてあった。

誰がくれたのだろう?知り合いに電話してみたが誰も知らないという。毒が入ってるわけじゃあないだろう。という事になり、ありがたく頂くことにした。その後も何度か気づかない間にカボチャが置いてある。「誰かなあ?お礼もいえないね。」

「でも、こんなにカボチャばかりあっても困っちゃうね。」

ある日、買い物から帰った私に夫が言った。「お母さん、きれいな服を着たおばあがカボチャを置いていったぞ。」

「エッ?何処の人だって?」「わからん。」「何で聞かなかったの?」「聞いたサー。聞いたけどなんて言っているのかわからなかった。家は何処?って聞いても、あっち!って言うだけで他はほとんど聞き取れない。」「そう、何か御礼をしたの?」

「してない。すぐに帰ったもの。それより、どうする?このカボチャ。」すでに台所はカボチャの山。20個位になっていた。

その上、7個のカボチャ。翌日、また、おばあが来た。古い紫色の風呂敷包みから出てきたカボチャは7個。

「おばあちゃん。カボチャがいっぱいになったからもう、いいよ。」

「何でか?もらえ。」


我が家の水槽

私は急いで台所に行く。(何かお礼できるものがあったかしら?)そう思って探した。

(そうだ。頂いたクッキー。あれをあげよう。)おいしい高級クッキーだったから、少しためらったけれど思い切っておばあに持っていった。「おばあちゃん、これ持っていって!」

おばあはうれしそうに風呂敷袋に入れて帰っていった。こんな物々交換が3度ほど続いた。

ある日、私は「おばあちゃん、もう、カボチャでいっぱいだからしばらくいいよ。ありがとうね。」と思い切って断った。

「そうか?いいから貰え!」「ううん。こんなに食べられないから。」おばあはそんな私の言葉を無視して置いていった。

翌日、テラスにカボチャが置いてある。朝早く来たらしい。

「・・・・・どうする?・・・・」私たちは呆然とした。

「このままにして置こう。片付けるから、食べたと思って置いていくかも知れないからな。」「うん。」

そのままテラスに置きっぱなしにしてみた。でも、次の日

「おーい。お母さん。早く来い。増えてるぞ!」「うそー?」台所に20個以上。

テラスにも20個以上。また、次の日も・・・・。

我が家のテラスはカボチャの即売所みたいになっていた。「あっ、おばあが来た。お母さんちゃんと断れよ。」

「だって、断っても置いて行くんだもん。あなたが言ってよ。」

夫は「おばあちゃん。カボチャはもういいよ。ありがとうね。」と、やさしく言った。

「今日は傘が無くなったから探しに来た。私の傘、そこらに無いか?」

「おばあちゃんが来たときには雨が降っていなかったから傘はないよ。」

「そうか?おかしいなあ。持ってきたはずなんだけど・・・。」そう言いながら積み重なっているカボチャの上にまたカボチャを乗せている。

参った!こうなったら平良の街に行って友人や知り合いに配るしかない。

下里東通り会の会長の家に持っていった。「先生、実はこのカボチャは・・・」と色々相談してみた。すると、「断っちゃあだめです。可哀想だし、おばあが悲しい思いをする。いらなければみんなに配ればいいのだから貰って上げなさい。ありがとうって言って貰って上げて下さいね。このカボチャは市場に出しても売れないものばかりですよ。捨てるのがもったいないから持って来るんだと思いますよ。新里は農家の人が多いから、あなた達しか持って行く所がないのでしょう。貰ってあげることも親切です。そして、何かお返しをして上げて下さい。喜ぶでしょう?」「ええ、でも・・・。毎日差し上げるものなんてないですよ。」「でもね、きっと、一人暮らしだと思うから優しくして上げてください。」

さすがは会長さん・・・・。言うことが違うよねー。でも・・・・・。

帰り道に夫が言った。「あの、おばあのために何か買っていこう。」「傘?」「何でのいいって言ってたよな?」

「今度来たらあの使っていない傘をあげようか?」「そうだな。」

・ ・・・・・そして、おばあは来た。「おばあ、忘れた傘の代わりにこの傘を持っていって。」「うん。」

おばあは、また、積み重なっているカボチャの上に崩れないようにカボチャを積んで帰っていった。

・・・・・うーん。参った!・・・・。

結局、そのおばあが何処の人なのか、未だにわからない

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