暮れも押し迫った頃、西原の知り合いに遊びにおいでと誘われた。
新おじいのお披露目があるというのだ。「新おじい?」なんだ?それは!
またまた二人で顔を見合わせて笑った。
それというのも宮古島の兄弟のような存在である「大漁」の聡が巨体を揺さぶって鼻息荒く、我が家にやってきたことから始まった。
「おじいたまやー、おばあたまやー・・・」と新おじい代表の挨拶の練習をはじめたのである。聡は新おじいの会長に選ばれたらしい。「私のおかげよー。私が新おばあで、がんばってるからさー。」と妻のひろ子ちゃんが自慢げに話す。そんな言葉を聞こうともせず聡は「おじいたまやー、おばあたまやー・・・・」と練習をしている。大きな体で立ち上がり気をつけ状態で真剣そのものだ。村の誉れを戴き、先輩や来てくださる人に失礼のないようにと必死で練習をしていった。「さとしー、声が小さいよー。」「さとしー。今の言葉、間違ったよー。」ひろ子ちゃんも結構まじめに練習を見てやっていた。私も夫も聡が帰る頃にはすっかり覚えてしまった。新おじいは48歳でなるという。まだ3名いる子供たちも独身なのに「おじい」の仲間入りをするというのだ。でも、これはとても誇らしいことのようだ。
お披露目の席 |
もう一人、西原の友人、「まさ兄」も新おじいになるという。「まさ兄」のお披露目と「聡」のお披露目に参加させてもらうことになった。一言で言うと「すごい。」
自宅に300名位の人が入れ替わり立ち代りやってくる。「新おじい、おめでとうございます。」その度に上がってもらい、お酒を出したりお料理を出したり、いわゆる和風フルコースの状態で接待している。主役の彼らは、来た人達全員にお酌をしてもらって飲み続けているのだ。ただひたすら・・・。床の間を背にして座り、一人ひとりに挨拶をして杯の返杯をしている。「化け物だ!」と、今さらながら驚いた。一日中飲んでいるのだから・・・。
ご祝儀は平均¥3,000くらいだと聞き、私たちも急いで用意をした。でも、あの料理の出し方では¥3.000なんかでは足りないはずだ。もっと驚いたのは帰り際にお米をもらった。
てんぷらやお菓子、ジュースまである。いわゆる引き出物らしい。まさ兄の所もほぼ同じ様だった。一家総出で祝いの席を盛り上げる。夕方になると三線で盛り上がった。
一日遊んで帰ってきたのだが、とにかくすごいものを見たような感じだった。
私たちはみんなの様に手伝ってあげられないのでひたすら写真を撮り続けた。昔からの地域の伝統が消えていく中で、村をあげての「新おじいお披露目」はすばらしいと思った。
先輩たちに負けないような「おじい」になっていくことだろう。先祖を大切に、子供たちの成長を助け合って、家族の中心であることを再確認できる儀式に出席させてもらったことは感動以外のなにものでもなかった。驚きの連続だったけれど、だんだんと地域の人達の輪に参加できるようになって来たのも「聡新おじい」のおかげだと思う。
そして同じ頃、今年最後のステージの仕事も舞い込んできた。
地元のクリスマスパーティである。「クリスマスの夜、シャンソンをあなたに・・・」と
銘打ってコンサートを開くことになった。私自身の知り合いも少ないし、シャンソンという事で心配したが、30名も来てくれれば赤字にはならないということで決行することになった。ところがふたを開けてみたら80名位入っていた。ちょっとうれしかった。
思ったより反応がいい。久しぶりの宮古島でのコンサート・・・花束もたくさん戴いた。
上野ドイツ文化村のイルミネーション点灯式では市長の挨拶終了後、カウントダウンでイルミネーションが点灯した。と、同時に私のコンサートタイムに突入。気持ちよく歌えた。宮古島の冬は暖かいとタカをくくっていた私たちだったがこの日だけは本当に寒かった。静
おじい聡:家族で記念写真 |
岡に置いてこようと迷った上に持ってきた毛皮のコートがどんなに重宝したことか・・・。やっぱり、クリスマスは寒い・・・。その寒い中を約500名ほどの人達が楽しんでいた。
こんな風に私たちの一年が過ぎようとしていた。