どこからどこまで正確に覚えているのか自分でもわからないけれど、たぶんいくらもたっていなかったと思う。彼は宮古島の警察署に逮捕されていた。ストーカーとして捕らえられていたのだ。彼女が田中さんをストーカーだということで訴えていた。当然、指名手配をされて捕まった。どんなに事情を説明しても警察が信じてくれないと私たちに訴えてきた。彼女は警察に保護されて田中さんには合わせてくれないという。「どこに居るのかわからないのです。会ったらまた、逮捕されてしまうんです。やっとのことで事情を説明して保釈してもらえたのですが、警察は本当のことをわかってくれないのですよ。」
「じゃあ、ちょうどいい機会だからこのまま別れなさい。」私も夫もそう言った。
「愛しているんです。別れたくないんです。あれでも、前から比べたら50倍も良くなっているんです。」「えー?50倍も良くなっているの?じゃあ、前はどうだったの?」
「お前ねえ、このままだったら自分も一緒にだめになっていくよ。まだ40代なのに働きもしないで。いくらお金があっても良くないと思うよ。何かしろよ。金があるなら儲からなくてもいいんだから。何でもいいから体を使えよ。毎日、毎日、家でごろごろしているから喧嘩ばかりするんだから。」「でも、彼女は僕に働いて欲しくないんです。とにかく愛しているんです。」「お前を警察に訴えている彼女を好きなのか?」「はい。別れられないんです。」
どうにかして彼女に会いたいと訴えてくる。どうしようか?と、ずいぶん迷ったのだが、宮古島警察にお勤めしている「なおみちゃん」に電話をしてみた。
「なおみちゃん。最近、ストーカーに会ったといって保護されている女性について話したいのだけれど・・・。」彼女はとても利口な人で下手なことを言ってはいけないと判断したのだろう。今は、個人情報に対しては厳しいから・・・。「ちょっと待ってね」と、一旦電話を置き誰かの判断を仰いでいるようだった。「では、お話だけお聞きします。」と言う。
私は今までのいきさつと彼から聞いた事を簡潔に話した。決してストーカーではないこと。彼女には嘘癖があること。家出は常習であること。すると、「良子さん、このお話をそのまま担当者にお話をしていいですか?」と、言った。「もちろんです。よろしくお願いします。」
彼にそのことを伝えたら「ありがとうございました。」と喜びながらまた、泣いていた。
「泣くな!情けない。」夫が叱る。「そうだよ、お腹が空いてるから泣けるんだよ。ご飯を食べなさい。」「はい。頂きます。」とりあえずインスタントラーメンを作って食べさせた。
「たしか協会に保護されていると聞きましたから探しに行ってきます。でも、見つかると逮捕するって言われているんです。」「じゃあ、行かないほうがいいんじゃないの?」
そう言っていたのに彼は軽乗用車に乗って泣きながら出て行った。
夜、また田中さんがやってきた。すると、そこに電話が入った。優しい声で田中さんが言う。「うん。うん。わかった。そうなの?すぐに迎えに行くからね。」「松井さん。彼女が帰ってきます。迎えにいってきます。ここに連れて来ますから説教してやってください。」
私は「うちは8:00以降は出入り禁止ですからね。」すでに、7:00過ぎていたから絶対に来ないと思っていたら来た!7:50だった。「ピンポーン」「おい、本当にきたかも知れんぞ」
「うそー!もう、いやだー。」玄関を開けるのも嫌だった。夫が行く。「おかえり」優しい夫は彼らを招き入れた。私は彼女を見て何も言う気になれなかった。「ほら、ご迷惑をおかけしてすいませんでしたと言いなさい。」「フニャフニャ、モショモショ」なにやら言っているが聞こえてこない。「もう、家出しないよね」私は確認した。「何で家出して警察に行くの?田中さんが困るでしょ。それに、あなただって後々困ることになるよ。虚偽をしたんだから。」すると、彼がかばう。「もう、しないって言いなさい」顔を覗き込みながらやさしく言っている。私は続けて言った。「今度家出したら、ここにはもう、来ないでくださいね。家出する前なら相談に乗るけど、家出する前に耐えられなくなったら来ればいいから・・・。」「キャハハハ・・・クスクス。ギャハハハ。」彼女は何が面白いのか椅子から倒れ落ちるかと思うほど大笑いをした。何か私が笑えることを言ったw)のだろうか?
とりあえず、二人に夕食を出した。彼女も田中さんもペロッと食べてしまった。
10時になった。「さあ、もう、夜も遅いから仲良く帰りなさい。」「ううん、なぜか帰りたくない。お姉さんと一緒にいたい。」なーにを言っているか!と心で思いながら「帰ってイチャイチャしなさい。」と、無理やり返すまで「帰りなさい」と、何度繰り返したことか・・。
翌日、二人でやってきた。クッキーを持っていた。「これ、お礼です。」「ああ、ありがとう。」もう、話す気にもなれなかったがいきさつを冷静に聞いた。「松井さんが電話してくれたので帰ってこられたんです。彼女も帰りたかったらしいのですが監視されていて帰れなかったといっています。食事もおいしくないし、テレビもいいのをやっていないからつまらなかったって。松井さんからの電話で警察が保護施設に電話してくれて、そこの人が彼女に、あなたが言っていた事と事実は違うんでしょ?帰りたい?と聞いたら、はい。帰りたい。って言ったんだって。じゃあ、帰りなさい、ってことになって僕に電話が入ったんです。」
宮古島、春のコンサート |
あなたねー、ただで、食事から寝るところまで世話になっていながらそれはないでしょ。と思ったが、かかわりたくないので私はこう宣言をした。
「もう、来ないでね。」二人は顔を見合わせていたが納得したように帰って行った。
ヤレヤレ。一件落着。その後、どの位たっただろう。本当に彼らは来なくなった。時々、市内で見かけるがこちらも避けて通るし、たぶん、向こうも避けていると思った。「あいつら俺たちを見かけると避けて通るなあ。」「いいんじゃないの、その方が・・・関わりたくないよ。」「そうだな。」ところが1週間くらい前のこと。夫の携帯に電話がかかってきた。
「お久しぶりです。田中です。僕、今度、東京に帰ることになりました。短い間でしたがありがとうございました。彼女、また、出て行っちゃったんです。もう、本気で別れます。あちらのご両親にも話してあります。」すると、夫はこう言った。「そうか、良かったな。君もまだ若いんだから働いてまじめに生活をしたほうがいいよ。金があっても、体も心もこわしちゃあ、何にもならないからな。」「はい、ありがとうございました。」それから1週間後、彼らのアパートに行ってみると「おい、まだ居るぞ。」「また、彼女が戻ってきたんじゃないの?」「そうかな?それでまた、元通りか?あいつも人がいいよな。」「うん。関わるだけ馬鹿らしいね。」そして、ふたたび3日が過ぎた。「こんにちは、ご主人居ますか?」
「僕、東京に帰るのをやめました。」「ああ、そう、うまくいっているの?奥さん、帰ってきたのね?」「ええ、一度帰って来たんですが昨日、また、出て行きました。今、東京に居るようです。最終便で帰ったようです。僕は警察に捕まっていたんです。指名手配です。パトカー4台で捕まえにきたんです。もう、参っちゃいますよ。それで、やっと、誤解が解けて僕はこうして帰ってきたんですよ。翌日、家出した彼女も帰って来て、昨日、市内へ行ったんですがまた、彼女の気分を損ねたようで、また彼女が警察に電話したら、警察がなかなか来なくて、彼女は怒って何で電話したのに来てくれないの?と警察に怒っていましてね、来た警察が、本当に東京に行くんですね。ちゃんと飛行機に乗っていくんですよ。もう、宮古島に居ないほうがいいですよ。なんていっていましたよ。それで彼女はいなくなりました。でも、僕は宮古島がやっぱり好きなのでここに居ることkuノしました。警察に確認されていましたよ。彼女。僕は警察の人に病院に入れるか別れるかしたほうがいいですよ、それでないと、いつか殺人事件になると困りますよ。と、言われちゃいましたよ。彼女は今度うそをついたら逮捕されると思います。」
夫も、私も、言葉が出なかった。「良かったじゃないか。一からはじめろよ。ちゃんと仕事もして、健康的な生活をしたほうがいいぞ。」かろうじて夫が口を切った。田中さんの電話が鳴った。警察からだった。「どうなりましたか?」警察も彼らのことで随分振り回されたことだろう。気の毒この上ない。「大丈夫です。はい。別れました。彼女は東京に帰りました。」
彼は半日くらい遊んで帰って行った。
翌日、そう、まさに今日の午前中のことである。田中さんがやってきた。
「僕、やっぱり、東京に帰ります。」「はあー?」「今夜の最終便で帰ることにしました。」
私は笑うしかなかった。この後、彼はどうなるのだろうかと思いつつ、やっと、平安が訪れるような安堵感があった。そして、宮古島の警察にも少しは平穏な時が帰ってくることだろう。
もう、帰ってこないで欲しい、と思いつつ、なんだか少し可哀想な気がした。
がんばれ!田中さん。幸せになってください。でも、宮古島以外で・・・・。