一人旅の女性が度々訪れる「パワーストーン&手作り万華鏡館」
だが、最近切ないと感じることが多くなった。もちろん女性同士、家族連れ、友人同士、カップルは問題がないのだが、特に女性の一人旅と聞くとドキッとすることが多くなった。普通のおみやげ屋さんと違い、万華鏡もパワーストーンのブレスレット作りも30分から1時間位(長い人)かかり作っていく。当然、一人だから私たちと何かを話しながら時間を過ごすことが多い。
テレビでよく見た「リストカット」の後が痛々しい。常夏の島、宮古ではそんな女性たちも半そで姿だ。私は見てはいけないものを見てしまった様に思わず、目を背ける。その傷跡を見ただけでその先はどんな会話をしたら良いのか判らなくなる。
素敵なドレスに身を包んでも、うつむいた顔が憂いに満ちている。パワーストーンのブレスレットに祈りを込め、石の持つ意味を食い入るように読んでいる。(このブレスレットを着けて元気になって欲しい)私は、作っているその横顔を見ながら心の中で祈り続けた。
今年最初に遭ったヤシガニ |
また、薬の副作用なのか、ずっと、小刻みに手が震えている女性。自分の作った万華鏡を見ながらポツリとつぶやく。「私、美しいものを見ると涙が溢れてくるんです。」あとからあとから、涙があふれ出る。夫も私も「良かったね。いいものが出来て。あなたが喜んでくれるだけでうれしいよ。」たった一言しか言葉が見つからなかった。雨が降っている中、傘もささずに出て行く後姿に心配した夫が声をかける。「ホテルまで送っていくよ。」「えっ?いいんですか?」「もちろん」夫が車に誘い入れる。彼女の人生に触れることなく痛みだけが置いてきぼりのように私の心に残っていた。やはり、彼女の腕にもリストカットの後が・・・。痛々しかった。宮古島でパワーをいっぱい充電していって欲しいと祈らずには居られなかった。
ある日のこと、元気いっぱいに一人の女性が訪れた。「万華鏡を作りに来ました。」「いらっしゃい。」「今、知り合いが来てお茶を飲んでるから一緒にいかがですか?」「いただきまーす。」すると突然友人が言った。「松井さん、彼女にシャワーを浴びさせてください。」「えっ?シャワーを貸すんですか?」「そう、あなた、シャワーを浴びさせてもらいなさい。」「?」彼女はなぜか素直にシャワーを浴びた。私にはとっても不思議で理解に苦しんだが、宮古島の住人の言うことはとりあえず何でも素直に聞くことにしていた。彼女をシャワールームに案内する。「はい。タオルはここです。」「アッ、ありがとうございます。」あまりに素直にシャワーを浴びる彼女に不安を覚えた。「ねえ、どうしてシャワーを浴びさせるの?」「松井さんは向こうに行っていたほうがいいよ。」促されて夫も私もお茶の席から離れてアトリエに戻った。シャワーを終えて彼女が戻ってきた)。何やら話し始めた。気になった私は近づいていった。「あなたから死人の匂いがするんですよ。だから、シャワーを浴びてもらったんです。」「私の彼が自殺してしまったんです。」ぎょっとした。知りたくなかった。こんなことならどんどん万華鏡を作らせて帰ってもらえばよかった・・・でも、もう、足を突っ込んでしまったのだ。知り合いは続けた。「あなたのそばに近づくことは出来ない。」彼女はいきなり泣き出した。そりゃあ、そうだ。いきなり見知らぬ人にそんなことを言われたらどんな気丈な人でも頭にくるか、泣き出すしかない。(ひどすぎる。)と、思った瞬間、彼女が話し出した。聞きたくない。私も夫もまた席を立った。でも、聞こえてしまったのだ。彼女の壮絶な人生を・・・。詳しくは書けないけれど警察から逃げているという。知り合いは言った。「長い人生の5年や6年、警察に行って罪を償いなさい。逃げていたらこの先の人生まで自分で駄目にしてしまうよ。悪いことをしたのだから警察に行き罪を償って人生を歩き直しなさい。」そう言って去って行ってしまったのだ。取り残された私と夫、そして彼女。しばらく呆然としていた私たちだった。(ちょっと−、何よ、このままにしていっちゃの?困るじゃない。)・・・私の心の叫び・・・
「さあ、万華鏡を作りましょうか?」気を取り直してアトリエに入っていった夫と彼女が何を話しながら作っていたのか・・・。数日後、ポストに手紙が入っていた。(パパさん、ママさん、ありがとうございました。私、人生をリセットしてやり直します。)・・・彼女のその後はわからないけれど人生をやり直すきっかけになって欲しいと祈らずにはいられなかった。夫が言った。「彼女、宮古島の海で最後を過ごすつもりだったらしい。でも、もう一度人生をやり直すっていっていたよ。自分で作った万華鏡を見て、私もまだこんなに綺麗な物が作れるんですね。って泣いていたよ。」「そう、良かったね。万華鏡っていったい何なのだろう?」「癒しだよ。完全なる癒しだよ。人間て美しいものを見た時、何かを感じるんじゃないのかな?」「そう、癒しねえ・・・」「うん、俺たちだってさ、この店をやっているから癒されているんだと思うよ。お母さん、来てくれる人達が)みんな喜んでかえって行くなんて素晴らしいじゃないか。この仕事をやって良かったと俺は思うよ。」「そうだね、でも、こんなに多くの人が心の傷を癒しに宮古島に来ているなんて思わなかった。」「俺達だって癒されに来ているようなもんだぞ。」「癒しの店、手作り万華鏡館に改名する?」・・・商戦たくましい私の言葉だった。
今回は「鶴の恩返し」に良く似たお話を書いてみようと思います。
「魚女房」
昔、むかし、独り者の若者がおりました。漁をしていると食べてしまうのに惜しいほどの、とても綺麗な魚が釣れました。若者は家に持ち帰りビンの中に入れて飼っておりました。
ある日のこと、畑から帰るとたいそうなご馳走が並べてありました。こんな事が毎日続いたので不思議に思った若者は隣に住む物知り婆さんに尋ねました。すると婆さんは「お前が出かけた後、いつも美しい女が料理をこしらえているんだよ。」「どうしたらいいのだろう?」「お前が畑に行く振りをして女が現れたら驚かしてごらん。女はそのまま、人間でいられるよ。」「えー、人間ではないのか?」「お前が飼っている魚が女の姿になっているんだよ。」翌日、若者は畑に行く振りをして女を驚かせて見ました。するとその日から魚は女に変わることが出来、二人は夫婦になりました。女が来てから若者はだんだんと金持ちになり子供にも
宮古島市長と(写真右)ハーリー会場で |
恵まれました。でも、焼きもちを焼いた村の衆からいつも「お前の女房は魚だ。」「お前は魚の夫だ。卑しいやつめ。」とののしられました。若者は帰ってくるといつも女房に当たりました。「お前のおかげで俺は魚の夫だといじめられる。)今すぐに出て行け。」我慢をしていた女房もついに泣き泣き家を出て海に戻って行きました。子供を抱き若者はまた、言いました。「早く行ってしまえ。」女は寂しそうに海にもぐっていきました。女が居なくなるとさっきまで抱いていた子供も豊かだった家も蔵も何から何まで消えてなくなってしまいました。若者は大変驚いて海に走っていきました。「私も行こうか子供の母よ。私も行こうか私の妻よ。」と、泣きながら浜辺を歩いたということです。
* あがたぬ うつうざあ とぅなずぬ ただぴとぅ だきあつむ にゃあん
注訳: 遠くの親戚より近くの他人。いざと言うときに近所の人達が面倒を見てくれる。だから近所仲良く暮らすことだ。と言う意