宮古島ドットコムの連載企画
「宮古島はちゃめちゃ移住計画」



vol.028 9月4日
「娘が倒れた日」


地携帯電話が鳴った。「ハイ、モシモシ!」「お母さん、お姉ちゃんが変になっちゃった!」「なーに?お姉ちゃんが変なのは前からじゃないのー。」「マジ、本当だよ。倒れちゃって意識がないの!」「えっ?どこで倒れたの?」「新宿の駅前のデパート。二人で焼肉を食べに行ってその後、本屋に行こうとデパートに寄って、エスカレーターの途中で倒れて、意識が無くて、いま階段の所で寝かしているのだけど、どうすればいい?私、怖い!」「すぐに近くの人を呼んでデパートの人に来てもらいなさい。お父さーん!ちょっと来てー!」

こんな風に恐怖の夜が始まった。

すぐに時計を見た。7時40分。(だめだ!最終便に間に合わない)どうしよう。頭の中で長女が倒れている様子が描き出される。「と、と、とりあえず、デパートの人に言って救急車を呼んでもらいなさい。いいね!わかった?あなたがちゃんとしないとだめなのよ!一度電話を切ってお姉ちゃんの様子とデパートの電話番号を知らせて!目を離さないで!」

涙があとから、あとから流れ出る。


万華鏡「さくら・さくら」

どうしよう。どうしよう。どうしよう。「お母さん、落ち着きなさい。ネットで明日の飛行機のチケットを探してみなさい。」夫の落ち着き払った言葉にわれに返った。

(そうだ!飛行機のチケット!)また、電話が鳴る。

「意識が戻ったよ。今から病院に行くから着いたらなんて言う病院か知らせるね。」「うん。頼むね。」

何度も何度も同じ言葉しか出てこなく、飛べるものなら空を飛んで行きたい気持ちでいっぱいだった。

遠い宮古島では車で走っていけない。静岡に居るのなら、すぐに新幹線で行けるのに・・・。

車で飛ばして会いに行くことができるのに・・・。

胸がつぶれそうだった。苦しくて辛くて心配で涙が止まらない。

(どうしよう、死んじゃったらどうしよう。悪い病気だったらどうしよう。)悪いことばかりが頭の中で渦巻く。

 

長女は小ない頃から不思議な少女だった。宇宙が大好きで私たちに判らないことがわかる子供だった。宇宙には大きな図書館のようなものがあって、そこには全ての情報があるという。(これ以上は書かないことにしよう)

そんなことで、幼い頃から多くの人々が我が家を訪ねてきた。どれだけ多くの人たちに希望と夢を与えてきただろうか。どれだけの人々が彼女を通して勇気と生きる自信を受け取っただろうか。

そんな娘が倒れるなんて信じられなかった。何かに守られていると信じきっていたからだ。それなのに今、現実に倒れてしまい、意識がないという。(神様。助けてください。あの子を連れて行かないで下さい。)

もう、夫が何を言っても頭の中に入ってこなかった。

 


ドラゴンフルーツ狩り

飛行機も満席で取れない。宮古島から沖縄は取れるのに、沖縄から先が取れない。

「お母さん、心配かけてごめんね。」たった一言だけど、電話の向こうから娘の声が聞こえた。涙が止まらない。

「大丈夫?」「うん。どうして今病院に居るのかわからない。妹に代わるね。」そう言って次女と代わった。

「今ね、CTとか、いろいろ検査してくるって行ったから、終わったらまた、電話するから。」

 

一晩中、こんな調子で夜が明けた。遠くに居るといっても、同じ日本。なのにすぐに会いにいけないことがこんなに辛いことなのかと、初めて知った出来事だった。両親に頼むには、あまりにも年をとりすぎている。

やっぱり、宮古島は遠いのだと実感した。

その後、検査の結果、過労と寝不足とわかりほっとしたが、結果が出るまで私たちは、心が痛くて、痛くて・・・・。

家族と離れて離島に住むということの大変さがヒシヒシと感じられた出来事だった。

やがて次女はアメリカへと旅立ち、長女は今まで同様、ホテルウーマンとして働いていたが、この夏また過労で倒れたという。

私たちは決心をした。(娘をこちらに呼ぼう。そして、少し静養させよう。)

思い切ってメールをしてみた。なんていうだろうか?宮古島においでと言っても来ないかもしれない。

「仕事、辛かったらやめて良いんだよ。体が一番だからね。いつでも宮古島においで。人生は長いのだから、少し休んで、仕事はそれからでも遅くないから。」

 

返事が来た。「お父さんやお母さんに苦労かけて学校を出してもらって留学させてもらって、やっと4月から働いたのに、辛くてやめたい等と、口が裂けても言えないと思って我慢していた。やめてもいいの?」「いいよ。すぐにやめて来なさい。」

こうして、彼女の夏が終わった。仕事の処理をして9月に帰ってくるという。

今までの私たちなら「仕事は辛くて当たり前、みんな大変なのは同じこと。がんばれ!がんばれ!」と、言ったと思う。

でも、ちょうど同じ頃、一人の女性と知り合っていたのだ。

Aちゃん。年齢は24歳。彼女はアメリカの大学を出て就職をしたけれどプチ鬱病にかかり、宮古島に静養に来ていた。ほとんど毎日、私たちは彼女と行動を共にしていたのである。就職してから多くの困難にあたり、少しだけ心を病んでしまったようだった。彼女を毎日のように励まし続けた。海に行って泳いだり、散歩したり、我が家の仕事を手伝ってもらったり、そうして、彼女は日ごとに元気になっていった。

人の子供に対しては、こんな風に穏やかにアドバイスできるのに、いざ、自分の子供になると、「がんばりなさい。」なんて言ってしまう。Aちゃんの話を聞いたり、励ましたりしていたとき、娘がまた倒れたと、聞いたのだった。

Aちゃんと知り合ったおかげで娘の痛みが、苦しみが少しわかったような気がした。

宮古島の自然の中ですごしていたAちゃんは見違えるようになって、今日内地に帰って行った。たった1ヶ月間、宮古島に居ただけで、こんなにも元気になって帰っていく。宮古島の空気とのんびりと過ごす時間がどれ程のパワーを彼女に与えたのだろうか。

「ママさん。私、また、必ず戻ってきます。待っていてください。」

元気な声で帰って行く彼女と入れ替わって、もうすぐ娘がやってくる。

Aちゃんのように、胸いっぱいに宮古島の空気を吸って、大きく大きく深呼吸をして、大いに笑って過ごして欲しい。ゆっくり、静養して、丈夫な体を作って、元気になってまた、大きな夢へと向かって飛び立って欲しい。

そんな風に思いながら娘が宮古島にやってくる日を指折り数えて待っている。

この、宮古島ドットコムの「はちゃめちゃ移住計画」を読んでくれている人の中で(疲れた)と、思っている人は是非、宮古島の空気を思いっきり吸いにきて欲しい。自分自身の明日のために・・・。

疲れていたら、充電をしに、きて欲しい。きっと、違う自分に出会うかもしれない。違う人生が見えるかもしれない。

宮古島の風土も人も空気もきっと、温かく迎えてくれるはず!

 

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