宮古島ドットコムの連載企画
「宮古島はちゃめちゃ移住計画」



vol.030 9月18日
「台風13号」


非常に強い台風だった。宮古の人は「こんな台風は普通だよ。」なんて言う。

あの日は、朝から停電で大変だった。

前日、万華鏡手作り体験予約をしていた四組のうち、三組が朝早くから電話をしてきて「ホテルから出られないので今日の予約はキャンセルしてください」と言ってきた。

私たちも雨戸を閉め切った暗い部屋でろうそくを灯して話をしていたその時、電話が鳴った。電話の向こうの話し声も暴風でよく聞き取れない。

「昨日予約したものですが、10時半よりちょっと遅れますがやっていますよね!?今ホテルをでたところです。」「えぇ〜〜〜?ホテルを出たんですか?停電していませんでしたか?」「停電しています。だから行きます。」「ほんとに来るのですか?大丈夫?」「大丈夫です。」「本当に?本当に大丈夫?本当に来るの?」「行きます。」「じゃぁ水着で来たほうがいいかもね〜。気をつけてゆっくり来てくださいね。」あまりに元気のある、パワフルな声に、私は圧倒され、笑いながらそう答えた。
なぜなら、庭のバナナの木は全て倒れ、アトリエ前の戸棚は倒れて万華鏡館の入り口をふさいでいた。ブーゲンビリアの鉢植えは、どこかへ飛ばされ、駐車場横のサトウキビは全て倒れて寝てしまっていたからだ。


笑 顔

40分後、彼女たちは来た。平良の街から我が家までは12kmしかないのに…。

時速20km位で走ってきたらしい。すれ違った車は一台もなかったと言う。
(そりゃぁそうだ!ちょうど昼ごろ台風は宮古島に一番接近していたときだもの。)

案の定、二人とも全身ずぶぬれで入ってきた。夫が一言「よく来たねぇ〜。絶対途中で引き返すと思った。」そう言って夫と彼女たちは万華鏡を暗い部屋でもくもくと作り始めた。「どの位の時間でできますか?」「早い人で30分くらいかな?」「2時間くらいかけて教えてください。だってこの後、行くところないんだもん!」私はその声を聞いて自宅に戻った。しかし、すごい風で玄関の戸が開かない。やっとの思いで家の中に入ったが、心配で何度もアトリエに見に行った。その度に全身びしょぬれになった。

 万華鏡が出来上がる頃、ますます雨と風は強まっていったが、彼女たちは当然のような顔をしてこう言った。
「この近くにランチを食べるレストランありませんか?」夫と私は顔を見合わせた。「この時間はたぶん、島中停電で大きなホテルしか営業してないと思うよ。」「えぇぇ〜この辺でやってる所、ないんですか?」

私たちは声をそろえて言った。「ない!!」
彼女たちはそれでもなお、「今からシーサーを作りにでも行こうかな!」あっけらかんと、そう言ってまた大嵐の中をずぶぬれになりながら出て行った。(本当に気をつけて帰ってよね)すごい根性と、パワフルなの女性たちだった。

その後、ますます嵐は強まり、あたりはだんだんと、暗くなっていった。実家の父から台風見舞いの電話があり、「マックスバリューなんかは自家発電機を持っているから営業しているんじゃないのか?懐中電灯の電池は大丈夫なのか?」その言葉を聞いて、私たちはマックスバリューに向かって車を走らせた。それは3・4年前の台風14号のようになってしまうのではないかと心配したからだった。(3週間くらい停電していたという)二人とも両手に抱えきれない位の食料を買い込み、家に戻った。ところが 夜7時半頃になると、風も雨も弱まり停電も 解消したのだ。調子抜けしたような感じだった。でも、まあ、思ったよりひどくならなくてよかった。

さて、台風一過、今日は朝から庭の大掃除。気がつくともう、7時半。二人ともへとへとになり「今日は外食にしよう。」行きつけのひろちゃんに行ったが、あいにく貸切。ガッカリして家に戻った。

 

9月に入り町に出したお店を引き上げてきた。原因は、私の化学物質過敏症だった。

7月に入店したとき、リフォームされて綺麗になっていたのだけれど、お店に入ると壁や畳のにおいが鼻についた。でも、最初だから仕方ないと思って毎日クーラーをつけながら窓を開けたままにして過ごした。開店して暫くすると目が痛くなった。そして、頭が割れそうに痛くなる。9時の閉店頃になると、眉間にしわを寄せた中年おばさんの出来上がり!
毎日が苦痛だった。でも、売り上げが半端ではない。調子が悪いのも忙しいせいだと思っていた。 「お父さん、このままで行くとすぐに家が建てられるよ。」
毎日帰りにご馳走を買って帰る日が続いた。(ウフォ、ウフォ〜、今日もたくさん売り上げがあった!)そういう思いで車を走らせたことが何度あっただろう。でも、日が過ぎて行くほどに体調が優れなくなっていった。そして、ついに病院通いをするようになった。目ヤニがすごい。頭が割れそう。眉間にしわ。気持ちが悪い。胃の辺りが膠着してくる。そして原因不明の不調が続く。でも、お店を休むと体調が戻る。

病院に行き、相談しながら治療していくうちに「化学物質過敏症」「シックハウス症候群」だと言う事がわかった。

私たちは二人で何日も悩んだ。「どうする?やめる?もったいないよね?」


台風一過:ヤドカリもシックハウス症候群?


夫に何度も何度も問いかけた。

でも、本当の戦いは自分の中にあったのだ。(こんなに売り上げがあるのに)(がんばったほうがいいかも?)(壁を塗り替えて畳を変えたらいいかもしれない)色々なことが頭に浮かんでは消えた。開店祝いに生花を下さった友人の顔が浮かぶ。店の引越しを手伝ってくれた人も居た。また、夫には敷金、権利金、その他もろもろの負担をかけた。クーラーや冷蔵庫、新しい戸棚やテーブル、結構お金をかけてしまったのに、たった数ヶ月で引き上げるなんて考えても、考えても答えが出てこなかった。

この頃になると、夜8時頃には気持ちが悪くて目が回るようになっていた。

ある朝、夫がぽつりと言った。

「お前、何しに宮古島に来たの?」「お前のしたいようにすればいいんだからな。俺のことや周りのことを考えなくていいから・・・。」

ベランダで朝食を済まし、私たちは、その日のうちにお店を引きあげた。翌日には掃除もして・・・・。
新しいお店にうつるときには、みんなに手伝ってもらったけれど、いささか今度は誰にも頼めない。二人でフーフー言いながら引越しの荷物を運んだ。家の中は足の踏み場もないくらいになってしまった。
翌日、不動産屋に連絡したところ「1年契約ですから違約金を頂きます。」といわれた。

でも、何とか綺麗に引越しもすんで、今は上野に戻り、いつものように暇な毎日を送っている。

時々「あ〜ぁ、町に居た頃はお客様が、切れ目なく入ってきて忙しかったのになあ。何で上野には、こないんだろうか?」
なんて、つぶやいているこの頃である。

でも、体調はすこぶるいい。

 

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